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東京地方裁判所 平成5年(ワ)3966号 判決 1997年1月24日

原告 株式会社神戸製鋼所

被告 株式会社加藤製作所

主文

一  被告は、別紙イ号物件目録(一)及び同(二)記載の自走式クレーンを製造し、販売し、販売のために展示してはならない。

二  被告は、前項記載の物件を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、金一億四二五六万円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

六  この判決の第一項ないし第三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項及び第二項と同旨。

2  被告は、原告に対し、金五億三二二四万四〇〇〇円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 原告は、別紙原告製品目録(一)ないし(三)記載の自走式クレーン(以下「A1号物件」ないし「A3号物件」といい、三者をあわせて「原告製品」という。)を製造販売している。

(二) 被告は、平成三年一二月ころから、業として別紙イ号物件目録(一)記載の自走式クレーン(以下「イ号物件I」という。)を、次いで同(二)記載の自走式クレーン(以下「イ号物件II」という。なお、両者をあわせて「イ号物件」という。)を製造し、販売し、販売のために展示している。

2  原告の意匠権

原告は、次の意匠権(以下「本件意匠権」といい、その登録に係る意匠を「本件意匠」という。)を有する。

意匠登録    第七六六九二八号

意匠に係る物品 自走式クレーン

出願年月日   昭和六二年一月二二日

出願番号    昭和六二年第二一一七号

登録年月日   平成元年四月二五日

意匠の構成   別紙意匠公報写(以下「本件公報」という。)記載のとおり

3  本件意匠の基本的構成

本件意匠の構成は以下のとおりである。

(一) 四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄り位置に四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にその上面が機器収納ボックスの上面より高くなるように、正面視左(前面)部分が前方に傾斜する変形五角形で、右側両視縦長方形のエンジンボックスを搭載した下部走行体、

(二) 右の下部走行体の略中央位置に、左側面視において、左側端部には背面視において前面は上端部から前方に傾斜し、下方部で逆くの字形に屈折した形状で、左側面視縦長方形、平面視横長方形で、上面後部が後方に傾斜した全体的に直線的な形状のキャビンを、略中央位置には後部から前方に向けて前下がり状態で、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わるブームを、右側端下方部には機器収納ボックスを各々搭載した上部旋回体が配設され、かつ、ブーム基部より内側のキャビン後部上方付近のブーム上面に正面視において全面を横瓢箪型覆いが取り付けられたウインチが設置され、

(三) 正面視において、収縮状態のブームを、基端部がキャビンの側方若干後方位置でエンジンボックスよりも前方斜め上の位置において旋回フレームの基台より突設された正面視直角三角形近似形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、左下がり(前下がり)状態でキャビンの下方側部を斜めに横切り、先端部は下部走行体の先端より若干突出した傾斜姿勢で配設された、

(四) 自走式クレーン。

4  本件意匠の要部

(一) 本件意匠が開発されるまでの自走式クレーンは、次の二つのタイプが一般的であった。

(1)  二〇トン吊り以上の中・大型ラフテレーンクレーンについては、走行時のブーム収納状態において、ブームは基端部が下部走行体の後端部上方に位置し、キャビンの天井とほぼ同じ高さにおいてキャビンの窓の側部を横切り前方にほぼ水平状態にまっすぐ伸び、先端部が下部走行体の先端より大きく前方に突出して下部走行体より大きく離間した位置に配設され、不安定感と大きな威圧感を与え狭所進入性のないもの。

(2)  一〇トン吊り以下の小型分野では、運転室と操縦室の二つのキャビンを有し、ブームを後方から操縦室の側部を横切り運転室の天井の上から前方に略水平状態に突出して配設されたトラッククレーンと称されるもの。

(二) 原告は、従来の中・大型ラフテレーンクレーンと同様の一キャブ方式でありながら、狭所進入性に優れた小回り性のよいコンパクトで看者に不安定感や威圧感を与えない全く新しい自走式クレーンの意匠を最初に実現したものである。

このような本件意匠の構成上の特徴(要部)は、

A 収縮状態のブームを基端部がキャビンの側方若干後方位置で、エンジンボックスよりも前方斜め上の位置(下部走行体の中央寄りの位置)において、旋回フレームの基台より突設されたブーム支持フレームの上端部に枢着され、左下がり(前下がり)状態でキャビンの下方側部を斜めに横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わるよう配設した点、

B 後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、キャビン、収縮状態のブーム、機器収納ボックス等の各構成要素の組み合わせ配置関係を、本件公報記載のとおり、背の高いキャビンと低い機器収納ボックスの間に収縮状態のブームが正面から観察し得る状態で前下がりに配設し、ブームの枢着部及び機器収納ボックスの後端が下部走行体のエンジンボックスより前方の位置関係に配設した点、

の二点にあり、この二点が、狭所進入性にすぐれ、小回りの良いコンパクトで不安定感や威圧感を与えない本件意匠の要部になっている(以下において、原告主張にかかる本件意匠の要部(特徴)を単に「要部A」「要部B」、又は「特徴A」「特徴B」あるいは単に「A」「B」と記載する。)。

5  イ号物件の意匠

イ号物件I及び同IIの各意匠(それぞれ「イ号意匠I」「イ号意匠II」といい、両者をあわせて「イ号意匠」という。)の構成は、次のとおりである。

(一) イ号意匠I

(1)  四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄り位置に四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にその上面が機器収納ボックスの上面より低くなるように、かつ、正面視左(前面)部分が前方に傾斜する変形五角形で各コーナー部に多少のアールを付した形状で、右側面視上下左右対称でコーナー部に多少のアールを付した横長の変形六角形状で中央部にルーバーが嵌込まれたエンジンボックスを搭載し、前後輪間の左右の側面をサイドフェンダーで覆い、各タイヤ式車輪外周面上方を覆う五枚の直線面を略円弧状に連ねた形状のタイヤフェンダーを有してなる下部走行体、

(2)  右の下部走行体の略中央位置に、左側面視において、左側端部には背面視前面が下方部で逆くの字形に屈折した形状で左側面視縦長方形、平面視横長方形、背面視後面上方部が後方に傾斜し下方部が垂直状に形成され、全体的に直線的で前方に傾斜した形状のキャビンを、略中央位置には後部から前方に向けて前下がり状態で、かつ先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わるブームを、右側端下方部には機器収納ボックスを各々搭載した上部旋回体が配設され、

(3)  正面視において、収縮状態のブームを、基端部がキャビンの側方若干後方位置でエンジンボックスよりも前方斜め上の位置において、旋回フレームの基台より突設された正面視直角三角形近似形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、左下がり(前下がり)状態でキャビンの下方側部を斜めに横切り、先端部は下部走行体の先端より若干突出した傾斜姿勢で配設され、

(4)  右ブーム支持フレームの後半下部に接して平面視逆J型に湾曲して取り巻く機器収納ボックスを設け、かつ、ブーム支持フレームの後端上部に滑車を突設した、

(5)  自走式クレーン。

(二) イ号意匠II

イ号意匠IIは、以下の若干の相違点を有する他はイ号意匠Iと同一の意匠である。

<1> 左側面視において、イ号意匠Iではキャビン前方下方左側部にランプを具備していたが、イ号意匠IIでは、キャビン前面上方左側部にランプを突設する形で配設した点

<2> 左側面視において、イ号意匠Iでは機器収納ボックスの前端面上方左側位置にランプを突設していたが、イ号意匠IIでは、同上方右側位置にランプを突設している点

<3> 正面、背面及び右側面視において、イ号意匠Iでは、上部旋回体の後端面、すなわち機器収納ボックスの後端面左右両側コーナー部にはフラッシャーランプを有していなかったが、イ号意匠IIでは、右両コーナー部にフラッシャーランプを配設している点

6  本件意匠とイ号意匠の対比

別紙イ号物件目録(一)及び同(二)並びに右イ号意匠の構成から分かるとおり、イ号意匠は本件意匠の要部A及びBを全て備えており、本件意匠に類似する。

7  原告製品の形態の商品表示性及び周知性

(一) 原告は、平成元年八月からA1号物件を、平成三年九月からA2号物件を、平成四年四月からA3号物件を、それぞれ製造販売している。

(二) A1号物件ないしA3号物件の商品形態は、別紙原告製品目録(一)ないし(三)の各二項(構成の説明)に記載のとおりである。

(三) 原告製品は、いずれも従来のラフテレーンクレーン、トラッククレーンと比較して、前記4(二)記載の特徴A及び特徴Bの二点の顕著な特異性を有し、この特異な形態が原告製品の商品表示性を有しているものである。

そして、右A・B二点の特異な商品形態は、遅くとも、イ号物件Iの販売が開始された平成三年一二月以前に既に原告の自走式クレーンの商品を表示するものとして、取引者、需要者間に広く知られていた。

8  イ号物件の形態と原告製品の形態の対比及び出所混同のおそれ

(一) イ号物件Iの形態は、前記5(一)記載のとおりであり、イ号物件IIの形態は、前記5(二)記載のとおりである。

(二) イ号物件はいずれも原告製品の特徴である前記A・Bの二点を備え、原告製品と類似するものである以上、両者の間にその出所の混同を来たすおそれのあることは明らかである。

9  損害額

(一)(1)  被告は、平成三年一二月から同四年一二月までの間に、合計五二八台のイ号物件を販売した。

(2)  右行為は、本件意匠権を侵害するから、被告はその侵害の行為について過失があったものと推定される。

また、被告の右行為は不正競争行為であるが、不正競争行為は被告の過失に基づくものである。

(二) イ号物件の一台の販売価格は一八〇〇万円である。そして、被告の事業報告書によると、第九三期(平成三年四月一日から同四年三月三一日まで)における売上額に対する営業利益額の割合は六・九パーセントであり、翌九四期では四・四パーセントであるから、その平均である五・六パーセントがイ号物件の純利益率である。したがって、被告の得た利益は五億三二二二万四〇〇〇円となり、原告は同額の損害を被った。

(三) また、自走式クレーンは、一般に実施料相当額が三パーセントと報告されている大衆消費財とは異なり、大型の耐久消費財であって製造販売台数も限られているから、意匠権の実施料率は四パーセントを下ることはない。

したがって、仮に右金額が認められないとしても、予備的に実施料相当額である三億八〇一六万円の支払いを求める。

10  結語

よって、原告は、被告に対し、意匠権の侵害又は不正競争防止法違反を理由として、意匠法三七条一項及び二項又は不正競争防止法二条一項一号、三条一項及び二項に基づき、各イ号物件の製造販売の差止めと廃棄を求めるとともに、民法七〇九条、意匠法三九条一項又は不正競争防止法四条、五条一項に基づき、主位的に五億三二二四万四〇〇〇円の損害金(予備的に意匠法三七条二項又は不正競争防止法五条二項に基づく実施料相当損害金として三億八〇一六万円)及びこれに対する不法行為の後である平成五年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  請求原因3は争う。

3  請求原因4のうち、要部A及び要部Bが本件意匠の要部であることは争う。

要部Aも要部Bもクレーン設計上の慣用的手段の一つに過ぎず、これらは物品の新規な形状をいう意匠の要部とはなりえない。

4  請求原因5は争う。

5  請求原因6(対比)は争う。

6  請求原因7のうち、原告製品の形態が、遅くとも平成三年一二月までには、原告の自走式クレーンの商品を表示するものとして取引者、需要者間に広く知られていたものであることは認め、その余は否認する。原告製品の形態のうち、A及びBの二点が顕著な特異性を有し、この特異な形態が原告製品の商品表示性を有しているとの点は争う。

7  請求原因8(一)は認め、同(二)(出所の混同)は争う。

8  請求原因9(一)(1) 及びイ号物件の販売価格が一台一八〇〇万円であることは認め、その余は争う。

イ号物件の販売には意匠の寄与はなく、また、イ号物件単独で見た場合には赤字か全く利益が生じていない状態である。

三  被告の主張

1  本件意匠の要部

原告の主張は、ブームがキャビンの若干後方位置から前下がり状態でキャビン左側方を斜めに横切って配設されていれば、すべて本件意匠に類似すると主張することに等しく、このような主張が不当であることは明らかである。本件意匠の要部は、キャビン後部側方のブーム基部上面にウインチを搭載する構成及び当該ウインチの形状並びにこれに由来する形状にあると解すべきである。

(一) 要部A及び要部Bの主張について

(1)  要部Aは前下がり状態のブームの配設位置について述べたものに過ぎない。そして、ブームはもともと上下に回動するものであり、ブームを現場走行時に水平にするか前下がりとするか、あるいはキャビンの上部に配設するかどうかは、クレーンの走行時の安定性等の観点から適宜に採用される慣用手段であり、正面視においてブームが左下がり(前下がり)になるというのは、上下に回動するブームの一態様(姿勢)を示すものに過ぎず、従前から他のクレーンでも採用されてきたクレーン設計上の常識的慣用手段であって、何ら本件意匠に特有の新規な形状ではない。被告も、本件意匠が出願される一五年以上も前に、格納時においてブームが前下がりのクレーンを実施していた。

(2)  また要部Bは、キャビン、ブーム、機器収納ボックス等の配置関係を述べたものに過ぎず、このような配置関係は、被告が実施した前下がりブームの右自走式クレーンでも採用されていたし、当業者であれば適宜に行うことであって、何ら新規な創作性を含むものではない。

(3)  したがって、原告が主張する要部A及びBは、多数の公知意匠に示されるように、クレーン設計上の慣用的手段の一つに過ぎず、これらは具体的物品の新規な形状をいう意匠の要部とはなりえない。

(二) 本件意匠の類似意匠登録との関係

(1)  意匠法一〇条によれば、意匠権者は、「自己の登録意匠にのみ類似する意匠」につき、類似意匠登録を受けることができると規定されており、このことは、類似意匠出願前の第三者の先行意匠や公知意匠に類似するものは登録を受けることができないことを意味し、特許庁の意匠審査基準においても、この趣旨が明記されている。

(2)  原告は、本件意匠の類似意匠登録をあわせて二八件受けているが、原告がその内の二四件の類似意匠を出願する以前である平成三年一二月に、被告はイ号物件Iの販売を開始し、右類似意匠の出願時にはイ号物件は市場で周知となり好評を得ていた。したがって、これら二四件の類似意匠は全てイ号意匠とは非類似であるが故に登録されたものであり、二四件もの類似意匠がイ号意匠と非類似であるのは、そもそも本件意匠の類似範囲にイ号意匠が属さないこと、すなわち本件意匠とイ号意匠とが非類似であるからにほかならない。そして、本件意匠の要部の認定に当たっては、イ号物件Iの販売が開始される以前に出願された四件の類似意匠(以下「類似四件意匠」という。)と本件意匠とを考察の対象とすれば足りる。

(3)  また、訴外株式会社小松製作所及び小松メック株式会社は、右二四件の類似意匠が出願される以前の平成三年五月一〇日及び同月二七日に、クレーン車についての二件の意匠(以下「小松意匠」という。)を出願し、平成五年一〇月一二日付けで登録されているが、小松意匠は、いずれも原告が本件意匠の要部であると主張するA及びBの構成を有している。

したがって、小松意匠は、各部の具体的形状が異なるため、本件意匠とは類似しないと判断されて登録されたものであることは明らかであり、小松意匠が登録されたことは、原告が主張するA及びBが本件意匠の要部ではないこと及びクレーン車のような高度に技術的で専門業者間でのみ取引される物品の意匠の類似範囲は極めて狭く解釈されていることをそれぞれ示している。

(三) 本件意匠の要部

(1)  右(一)及び(二)で述べたことからすると、クレーン車のような高度に技術的で専門業者間でのみ取引される物品の意匠については、類似範囲は極めて狭く解釈されるべきである。また、クレーン車にあっては、ブームとウインチがもっとも重要な部材であり、特にウインチの配設の仕方によってクレーン車の全体的形状のみならず吊上能力や安定性等、クレーン車の機能全てに影響し、クレーン車の取引者や需要者にとって最も眼を惹く箇所である。したがって、原告が本件意匠に係るクレーン車の開発コンセプトとして「既存のラフテレーンクレーンの小型化ではなく、クレーンの作業姿勢にあっては後端旋回半径を可及的に小さくすることにあった」と述べている意味は、従来型クレーンとは異なり、特殊な形状のウインチをブーム上部の特定の位置に配設することによってその目的を成し遂げたことを意味するものであるから、本件意匠の要部は、このような構成からなるクレーン車、すなわち、特殊な形状のウインチをブーム上部の特定の位置に配設すること及びこれに由来する形状に存在する。

(2)  このような観点から見た本件意匠の基本的形状は次のとおりである。

<1> 旋回フレーム後端下部を切り取り、エンジンボックスの前部に空間を設け、これにより上部旋回体の後端旋回半径を小さくしたこと。

<2> <1>に拘わらずクレーン車の全長を短くしたこと。

<3> <2>のため、上部旋回体後端下部にあるウインチと、これにロープ接続のためのブーム後端部の滑車とを、一般常識を破って取り除いたこと。

<4> <3>のため、ウインチはブーム上部でブーム後端部より前方に配したこと。

(3)  このような基本的形状から具体的に創作されたのが本件意匠であり、本件意匠の要部は次の六点にあると解するべきである。

a 横瓢箪形ウインチがブーム上部で、キャビンの横かつ運転者の目線よりも高いという極めて特殊な位置に配設されていること。

b 旋回フレームの後端下部及び機器収納ボックスの後方は空間となっていること。

c 旋回フレームの上部後端の形状は、フレームの形状がそのままの形で表れていること。

d ウインチがブーム上部にあり、ブームを跨ぐようにして配設されているため、ウインチの右端部がキャビンの左側方の一部にくい込み、キャビンの形状に変質を及ぼしていること。

e エンジンボックスの上部が機器収納ボックスの上面より高くなっていること。

f エンジンボックスの形状は直方体であり、空気流通経路のエンジンカバーは網地ワイヤーで構成されていること。

これらの要部は、本件意匠と類似四件意匠にことごとく共通するものであり、これらの諸点を有機的に結合して成立した形状に本件意匠の要部が存在するものと言わなければならない。

(4)  仮に、ウインチの位置が本件意匠の要部とならないとしても、本件意匠が狭所進入性に優れた小回り性の良いクレーン車の開発を目的として創作されたことからすれば、このような設計思想が具体的に表現された形状としては、

g 旋回フレーム後方下部及び機器収納ボックス後部を切り空間としたこと。

h 右により、エンジンボックス上面を高くすることが可能となり、これを旋回フレーム後方下部切り取りによる突出部下端より高くしたこと。

i ブーム基瑞部が枢着されたブーム支持フレーム上端部は、上部旋回体の最後部に位置し、かつフレームの形状がそのまま表われていること。

以上を挙げることができる。また、開発目的のポイントではないが、

j エンジンボックス後部(右側面)に縦長でほぼ矩形の網目模様のグリルを有すること。

も看者の注意を強く惹き、本件意匠の要部は右四点であると解すべきである。

2  本件意匠とイ号意匠の非類似

(一) イ号意匠の特徴(要部)

イ号意匠においては、ウインチは上部旋回体後端下部に内蔵されて視覚上は見えないという特徴を有し、このためブーム上部は平坦かつ簡素な外観となっている。そして、ウインチを内蔵させたことから由来するイ号意匠の要部を分説すれば次のとおりである。

<1> 上部旋回体後端下部にこれを取り巻く駆動機器フードを設け、その後端にウインチを内蔵させていること。

<2> 旋回フレーム(ブーム支持部)後端上にワイヤーロープをウインチに経由させるための滑車を設けていること。

<3> 機器収納ボックスとウインチ収納ボックスとが一体の駆動機器フードとして構成され、旋回フレーム(ブーム支持部)立上り尾線を取り巻くように後方に大きく張り出していること。

<4> 右<1>及び<3>の構成の結果、イ号意匠ではキャビン全体をウインチより前方に位置させる必要があり、キャビンの先端部は前輪の中心軸より前方に位置する形状となっていること。

<5> 同じ理由により、上部旋回体後端部(駆動機器フード後端部)の上面の高さが、エンジンフードの高さより高い形状となっていること。

<6> イ号意匠では、エンジンボックスが特異な変形六角形となっており、その空気流通経路には特異なデザインによる略台形型のルーバーが取り付けられていること。

(二) 本件意匠との対比

(1)  右に挙げたイ号意匠の特徴(要部)は、全て本件意匠及び類似四件意匠とは全く異なっている点であり、殊に右相違点<1>ないし<5>は全てウインチの配設位置に由来する違いであって、本件意匠とイ号意匠との要部における相違をなしているし、本件意匠の要部をgないしjの点にあると解しても同様である。

(2)  また、クレーン車のオペレーターは常にブーム、ウインチ、ロープ等の状態を監視する必要から、クレーン車の下部走行体や上部旋回体に上り下りすることが多く、クレーン車を左後方から見る機会が多いため、この角度からのクレーン車の形状は重要なポイントである。さらに、ウインチの配設の仕方が取引者や需要者の最も目を惹く箇所であることは前記のとおりであり、クレーン車に関する専門知識を有した取引者や需要者にとって右の相違はクレーン車の機種選定において極めて重要な要素となり、本件意匠とイ号意匠との混同など起こり得ず、両者は非類似である。

3  本件意匠権の無効事由の存在

(一) 本件意匠は、原告自身の行為によりその出願前に新規性を喪失していたものであり、無効原因を包含している。

原告の社員は、本件意匠の出願(昭和六二年一月二二日)前の昭和六一年二月ころから、訴外小岩倉庫株式会社を始めとして日本各地の取引先を訪問し、本件意匠にかかるクレーンの「計画仕様書」(乙第一二号証添付のもの。以下「本件計画仕様書」という。)を配布して、本件計画仕様書に示すラフテレーンクレーンについて事前に業者から専門的意見の聴取を行うとともに市場調査を行っていた。そして、本件計画仕様書には、「社外秘」あるいは「マル秘」といった記載は何もなく、配布に際してこれを秘密扱いにして欲しい旨を原告の社員が述べたこともないばかりか、本件計画仕様書の下部に表記された「MW100/50 Spec 3」の文言からすれば、同様の計画仕様書が「Spec 1」、「Spec 2」として以前から配布されていたことが推測される。また、仕様が変更されて製品化されることを予定した記載もあり、本件計画仕様書は、遅くとも昭和六一年五月ころには需用者の反応を見るために多方面に配布され、本件意匠にかかるクレーンは、その出願前には被告を含めた同業者間で充分知るところとなっていたものである。

(二) 本件計画仕様書においては、原告製品の基本的形状は示されており、本件意匠と異なる主な点は次のとおりである。

<1> 本件計画仕様書所載の意匠(以下「仕様書意匠」という。)では、ウインチの形状が明確ではないが、本件意匠にあっては横瓢箪形状となっている。

<2> 仕様書意匠では、ブームの基端部がキャビンの後方かつエンジンボックスの上にかかっているが、本件意匠では、ブームの基端部がキャビンの後方かつエンジンボックスより斜め前方となっており、更にブーム基端部の形状が若干異なっている。

<3> 仕様書意匠では機器収納ボックスは配設されていないが、本件意匠では配設されている。

<4> 仕様書意匠では、ブーム先端部のフックが下部走行体のフレームの先端に収納されるのに対し、本件意匠にあっては、フックはブーム先端部に収納される。

したがって、本件意匠は、右のような点を具体的に特定した形状につき成立した意匠と解さなければならず、これを広く要部A及びBのような一般的、抽象的な概念で要部として主張することは、自らが公知とした意匠に類似するものとして無効理由を認める結果と同じである。

(三) また、本件意匠の保護範囲の確定に当たっては、公知性等の無効事由を考慮することは当然であり、右に述べたことからすれば、本件意匠は、その出願前から既に存在した多数の公知意匠と、原告自ら出願前に配布した本件計画仕様書により公知となった本件意匠に極めて酷似する意匠によって、これらの公知意匠には見られない形状について成立した類似範囲の極めて狭い意匠権と解さなければならないことは明らかであり、前記1(三)のとおり、本件意匠の要部は、特殊な形状のウインチの配設の仕方とこれに由来する形状にあると解すべきである。

4  不正競争防止法の主張について

(一) 日本では、原告と被告を含む四社でラフテレーンクレーンの九〇パーセント以上を生産している状況にあり、需要者にとってはメーカー相互の機種の比較は極めて容易である。そして、クレーン車は、大衆的商品とは異なり専門家によって取り引きされ、クレーン車の操縦には移動式クレーン運転士免許という特殊な免許が要請されるから、取引者や需要者は、クレーンの持つこれらの機能を総合的に判断した上で購入機種を選ぶのであって、デザインに主眼を置いて購入するものではない。

よって、原告の混同の主張は、自走式クレーンという物品の本質的特質及びかかる物品についての取引者・需要者の特質を全く無視した主張であって失当である。

(二) また、前記2のとおり、原告製品とイ号物件とは商品形態も異なり、高度の専門知識を有するクレーン車の取引者や需要者が原告製品とイ号物件との出所を混同することはない。

5  損害額について

(一) 意匠の寄与度

メーカーは各社とも専属的販売店を通じてクレーン車を販売しており、需要者がクレーン車を購入する際にはどのメーカーの製品であるかを明確に認識しこれを混同することはない。しかも、クレーン車の需要者は、建設事業に関係する専門家であり、初めてラフテレーンクレーンを購入する者は存在しない。したがって、需要者は、各メーカーのクレーン車の機能及び性能(吊上能力、安全性、吊上揚程、狭所作業性、低騒音性、ウインチの位置、キャビンの運転視界性等)を慎重に比較検討したうえで商品を選択するのであって、クレーン車の外観や形状、デザインによる第一印象によって購入を決めることはなく、イ号物件の販売実績は意匠とは関係ない。

クレーン車の意匠が意味を持つとすれば、それはあくまでもクレーン車に求められる性能や機能が形状として具現したものであって、それ以外に性能や機能を度外視した部分は非常に少ないから、クレーン車においては意匠の寄与度は限りなく低いものと言わざるを得ない。

(二) イ号物件の販売額及び利益率

(1)  原告は、イ号物件の定価一八〇〇万円を前提として一台当たりの純利益を算出しているが、これは取引の実情を無視した主張である。クレーン車のような重建設機械の購入者は限られており、原告も含め、実際の販売では他者との競争によってかなり割り引かれて販売されるのが常であり、定価は値引額の単なる目安に過ぎない。被告は、イ号物件を一台あたり一五〇〇万円以下で販売しているのが実情である。

また、意匠法三九条一項の「侵害の行為により利益を受けている」場合の利益の額は、侵害者が実際に得た利益と解すべきであり、利益算定の基礎となる販売額も、被告が実際に販売している価額とされるべきである。原告も、クレーン車を販売する際には、定価より二割以上割り引いたうえで販売するのであるから、定価を基準として計算すれば、本来原告が得ることのできなかった利益まで得ることができることになり、公平に反し本条の趣旨に反する結果となる。

(2)  被告全体の純利益率は、同社の第九四期(平成四年四月一日から平成五年三月三一日)の損益計算書によれば約一・五パーセントであるが、これは、主としてより利益率の高い大型クレーンその他の製品の販売による利益が含まれているからである。イ号物件は、マーケットシェアを維持するために販売せざるを得ない製品であり、薄利多売の要素をもった機種の一つであって、利益を得ることを目的とした製品ではない。イ号物件単独で見た場合、赤字か全く利益が生じていないのが実態である。

(三) 実施料率について

大衆消費財は通常多くの供給者が存在し、性能や機能が特に異ならない製品が多数存在することが一般であるから、需要者はその趣味や嗜好によって商品を選択することになるし、消費財という点から見れば、他社製品の機能や性能を比較して商品を選択するものとはなりにくく、必然的に製品の選択における意匠の重要性は高まり、意匠の実施料相当額も相対的に高くなるであろう。しかしながら、クレーン車は専門家向けの高価な大型耐久消費財であって、前記(一)で述べたように、需要者は競業各社の製品間の性能や機能に着目して製品を選択しているのであって、多少意匠的に優れた製品であったとしても、性能や機能の面で劣る製品は選択しない。したがって、クレーン車における意匠の重要度は相対的に低くなり、原告の主張とは逆に、本件意匠の実施料率は、一般消費者向けの消費財と比較して低くなるべきである。

また、イ号物件の販売にイ号意匠の寄与度が限りなく低いものであることは前記(一)のとおりであり、原告の主張は、クレーン車の特性及び意匠の寄与度を無視した主張である。

四  原告の反論

1  本件意匠の要部について

(一) 原告は、斜め(前下がり)に配設されたブームとキャビン、エンジンボックス、機器収納ボックス及び下部走行体等のクレーン車における他の構成要素との配設位置関係を具体的に特定した点を本件意匠の要部と主張しているのであって、単にブームを斜め(前下がり)に配設したという抽象的な構成を主張しているものではない。

原告は、このような配設位置関係とすることで、狭所進入性に優れた小回り性の良いコンパクトで看者に不安定感や威圧感を与えない斬新なクレーン車を世界で最初に開発したのであって、本件意匠はいずれの公知意匠にも見られないパイオニア意匠である。だからこそ、キャビン、機器収納ボックス、エンジンボックス等の各構成要素の具体的形状が相違しても、サイドフェンダーの有無やブーム上のウインチが搭載されているか否かの相違点が存在しても、本件意匠の要部A及びBを具備している限りこれらの相違は埋没して看者の注意を強く惹く要因とはなり得ないから、本件意匠に類似するとして二八件もの類似意匠が登録されているのである。

また、クレーン車のような大型物品では、それを構成する各部分の配設位置関係がまず概括的に看者の脳裏に焼きつくものであって、各構成要素の細かな形状の相違は、よほど斬新で奇抜な相違点でもない限り、看者の印象に残ることはない。

(二) 被告は、類似意匠が登録されていることは、特許庁がイ号意匠と右類似意匠とは非類似であると判断したためである旨主張する。

被告が指摘するように、法一〇条一項の「自己の登録意匠にのみ類似する意匠」とは、自己の登録意匠に類似する意匠であって、その出願の日に先行する意匠(他人の先願意匠、他人の公知意匠などをいう。)に類似しないものをいうが、「他人の先願意匠」や「他人の公知意匠」が本意匠に類似するときは、本意匠の意匠権者との関係では当該先願意匠や公知意匠は実施することができないから、このような関係にある他人の先願意匠や公知意匠は、類似意匠を阻止する効力はない。したがって、右類似意匠が登録されたのは、イ号意匠や小松意匠が本件意匠の類似範囲に属するからである。

2  本件意匠権の無効事由の存否について

(一) 本件意匠の有効性についての判断は、特許庁の専権に属し、本件訴訟の範囲外の判断事項であるから、被告の主張はそもそも失当である。

(二) 被告は、本件計画仕様書の配付により、本件意匠はその出願前に公知であったと主張するので、以下反論する。

(1)  本件計画仕様書は配付目的の文書ではなく、原告の社員がこれを公然と配付した事実もない。

原告の設計担当者が、昭和六一年五月一〇日に作成された本件計画仕様書を複数のユーザーに持参し、本件計画仕様書を見せて意見を聴取したことはある。しかし、その際には、未だ計画段階であるので内密に願いたい旨必ず口頭で断って本件計画仕様書を説明し、意見を聴取した後はこれを持ち帰っていた。本件計画仕様書があくまで開発途上のものであり、計画段階の未だ公表されることのない文書であることは、「計画仕様書」という表題自体からも、「製品はこの仕様書と異なる場合もある」旨の表示からも判明することであり、元々意見を聴くために見せるだけの文書であるから、「社外秘」「マル秘」との赤スタンプを押す必要性もなかった。原告社内においても、計画段階のトップシークレットとして慎重に扱われていたものである。原告が、本件計画仕様書を公然と配布した事実はない。

被告が提出している本件計画仕様書は、その取得経過に疑義があり、本件意匠出願後あるいは本件紛争発生後に被告が入手したものとしか考えられず、被告の主張事実を立証するために提出されている「調書」(乙第一三号証)の内容も事実とは異なっている。

(2)  仮に、本件計画仕様書に記載された意匠が本件意匠の出願前に公知であったとしても、本件意匠は仕様書意匠とは非類似であるから、本件計画仕様書の存在によって本件意匠の登録が無効とされるものでもなく、その類似範囲が極端に狭められるものでもない。

本件意匠の基本的構成は請求原因3のとおりであるが、仕様書意匠は次のとおりである。

<1> 四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄り位置に四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にその上面を低く抑えた正面視左(前面)部分が前方にやや傾斜する台形状で、右側面視形状不詳のエンジンボックスを搭載した下部走行体、

<2> 右の下部走行体の略中央位置に、左側面視において、左側端部には前面が上端部から前方に傾斜し、下方部で逆くの字形に屈折した形状で左側面視縦長方形、平面視前後に長い方形で、上面が後端までフラットな全体的に大きく、直線的な形状のキャビンを、略中央位置には後部から前方に向けて前下がり状態で、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わるブームを搭載した(右側端下方部には機器収納ボックスを有しない)上部旋回体が配設され、かつ、ブーム基部より内側のキャビン後部上方付近のブーム上面に正面視において前面に変形六角形状の覆いが取り付けられたウインチが設置され、

<3> 正面視において、収縮状態で、かつジブを横抱きにしたブームを、基端部がキャビンの側方かなり後方位置でエンジンボックスの上方に覆いかぶさる(下部走行体の後端よりの位置)位置において旋回フレームの基台より突設された正面視変形平行四辺形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、左下がり(前下がり)状態でキャビンの下方側部をジブを横抱きにしたブームとその下に配設されたブームを支持するシリンダのほぼ全容が露出した状態で斜めに横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出した傾斜姿勢で配設された、

<4> 自走式クレーン。

他方、本件意匠と仕様書意匠とは、次の点で相違する。

i 本件意匠では、走行時における収縮状態のブームを、基端部がエンジンボックスよりも前方斜め上の位置(下部走行体の中央寄りの位置)において旋回フレームの基台より突設されたブーム支持フレームの上端部に枢着しているのに対し、仕様書意匠では、ブームの基端部がエンジンボックスの上方に覆いかぶさる位置(下部走行体の後端寄りの位置)においてブーム支持フレームの上端部に枢着されており、本件意匠のデザインコンセプトの一つである後部旋回半径を小さくする点を欠いている。

ii 本件意匠では、下部走行体に配設される構成要素中、正面図において一番手前、左側面図において右側端部に機器収納ボックスが配設され、ブーム支持フレームの下端部は完全に隠蔽されているのに対し、仕様書意匠では、機器収納ボックスを完全に欠き、ブーム支持フレームは下端部まで完全に露出しているとともに、ジブを横抱きしたブームと、その下に配設されたブームを支持するシリンダもほぼ全容が露出している。

iii  更に、本件意匠の要部ではないが、本件意匠ではブーム支持フレームを直角三角形近似の形状としているが、仕様書意匠のブーム支持フレームは、平行四辺形の上辺部を更に上方に延出した変形平行四辺形状となっており、両者は顕著に相違する。

iv キャビンの形状においても、仕様書意匠は、本件意匠より前後に極端に長く、しかも角張った形状となっている。

以上のとおり、本件意匠と仕様書意匠とは四つの顕著な相違点(その内の二つは本件意匠の要部に関する相違点である。)を有する結果、両意匠は、全体観察上異なった印象を看者に与える非類似の意匠となっているから、本件意匠が新規性を有していることに疑いはなく、仕様書意匠の存在が本件意匠の類似範囲を極端に狭める要因ともならない。

3  本件意匠とイ号意匠との対比

(一) イ号意匠が本件意匠の要部A及びBを備えていることは既に述べたとおりであり、各構成要素の形状においてもさほど顕著な相違点は存在しない。被告が主張する相違点は、ウインチの配設位置も含め瑣末な部分的相異に過ぎず、全体的観察上両者が類似することは、前記1(一)で述べたとおりである。

(二) また、仕様書意匠が本件意匠に類似しないことは前記のとおりであるが、イ号意匠は、仕様書意匠よりも本件意匠に遥かに酷似している。すなわち、イ号意匠は、本件意匠と仕様書意匠の間に見られる顕著な相違点をことごとく備えておらず、要部A及びBの二点をすべて具備しているとともに、ブーム支持フレームの形状(直角三角形状)及びキャビンの形状においても本件意匠に酷似しており、全体観察上、イ号意匠は、仕様書意匠よりも本件意匠に遥かに近い。したがって、仕様書意匠を本件意匠の出願前公知意匠と仮定しても、イ号意匠は、本件意匠の類似範囲に属するものであることに疑いがない。

4  不正競争防止法の主張について

被告が主張するように、クレーン車の機能が商品選択の一つの要素であることは言うまでもないが、現代社会にあっては、商品の意匠又は形状が商品選択のための高度な基準となり、原告が主張する特徴(要部)A及びBがその重要な基準になることは明らかである。原告製品とイ号物件との間に出所の混同を生じるおそれのあることもまた言うまでもない。

5  損害額について

意匠法は、意匠の保護及び利用を図ることによって意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とするとともに、この目的を達成するために意匠の創作者に意匠権という独占的な権利を与えている。意匠の寄与度に関する被告の主張は、自由競争におけるクレーン車の販売のメルクマールを述べるものであるが、意匠権が右のような独占権であり、被告が本件意匠に類似するイ号物件を製造販売している以上、被告は、原告の独占権を侵害したことに対する損害を支払うべきであるし、被告が主張する営業のメルクマールが存在するからといって、損害賠償額の推定が否認されるものでもない。

しかも、イ号物件中に本件意匠を実施していない意匠部分は存在せず、本件で寄与度を主張する理由はないうえ、意匠法も意匠に係る物品の製造を意匠の実施としているのであるから、営業のための努力等は侵害後の事後行為であり、損害賠償額の推定を覆す理由とはならない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件意匠の構成について

本件公報によれば、本件意匠の構成は次のとおりであると認められる。

1  本件意匠の基本的構成態様は、

(一)  四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、

(二)(1)  下部走行体の正面視の略中央の、左側面視の左側部に高い箱体状のキャビンを、

(2) 同じく略中央の、左側面視の右側部には低く正面視横長箱体状の機器収納ボックスを、

(3) 左側面視においてキャビンと機器収納ボックスとの間の略中央部には、伸縮自在のブームを各々搭載した、

上部旋回体と、

からなっている。

2  本件意匠の具体的構成態様は次のとおりである。

(一)  下部走行体は、

(1)  前後の車輪の上方に、車輪の上面部を覆う、正面視において略台形状に折曲した板状のタイヤフェンダーを設けている。

(2)  タイヤフェンダーの間に、正面(車体左側)では前輪寄りに直方体の箱体状の部材が、後輪寄りにはステップが、また背面(車体右側)では後輪寄りにステップが取り付けられている。

(3)  下部走行体(下部走行フレーム)の後端部上方には、正面視において左(車体前方)部分が前方に向かって低くなるように傾斜する略変形五角形で、右側面視では縦長方形のエンジンボックスが搭載され、エンジンボックス後部の空気出入口は網状となっている。

(4)  エンジンボックスの上面は機器収納ボックスの上面よりやや高くなっている。

(二)  上部旋回体は、

(1)  キャビンは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、横幅が下部走行体の横幅の二分の一弱、正面視において長さが下部走行体の全長の二分の一弱の角張った箱体状で、背面視において右方(前面)は上端部から前方に傾斜し、下方部で逆くの字形に屈折した形状となり、左方(後部)の天井部は僅かに後方に傾斜していて、全体が右方(前面)下部が前方に突き出した横長変形六角形をなしており、周側の上部には一連の方形状の大きな窓が設けられ、天井部の前方寄りにも方形状の大きな窓が形成されている。

そして、平面視は、略横長方形ではあるが、ブーム基部上面に配設されたウインチがキャビンの後方略二分の一の部分に若干食い込むようにキャビンの幅が狭まっている。

(2)  機器収納ボックスは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、高さがキャビンの略三分の一、前後の長さがキャビンの長さと略同じの前後に長い箱体状であり、正面視において、上辺が下辺より右方(後方)へ退いた略平行四辺形状となっている。

(3)  ブームは、その基端部が、キャビン側方の後方でエンジンボックスの前方斜め上の位置で旋回フレームの基台から突設された正面視略直角三角形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、収縮・収納状態では前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっており、正面視においてブーム中央部の下方の一部が機器収納ボックスに隠れている。

(4)  ブーム基部より前方、キャビン後側部上方付近のブーム上面には、ブームを跨ぐように、前後の長さがキャビンの略三分の一、上縁最高部がキャビンの天井部とほぼ同じ高さにある、正面視において横瓢箪型の覆いが取り付けられたウインチが設置されている。また、ブーム支持フレームの頂点(最高部)は、キャビンの天井部とほぼ同じ高さにあり、ブーム支持フレーム後端部には、平面視において略台形状の分厚いカウンターウェイトが配設されている。

三  イ号意匠の構成

別紙イ号物件目録(一)及び同(二)によれば、イ号意匠の構成は次のとおりであると認められる。

1  イ号意匠の基本的構成態様は、

(一)  四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、

(二)(1)  下部走行体の正面視及び背面視の略中央の、左側面視の左側部に、高い箱体状のキャビンを搭載し、

(2) 同じく略中央の、左側面視の右側部には、低く正面視横長箱体状の機器収納ボックス及びこれと連続するウインチ収納ボックス(一体となって駆動機器フードを構成する)を搭載し、右駆動機器フードはブーム支持フレーム下部の後方からキャビン後方にまで回り込ませ、

(3) 左側面視において、キャビンと機器収納ボックスとの間の略中央部には伸縮自在のブームを各々搭載した、

上部旋回体と、

からなっている。

2  イ号意匠の具体的構成態様は次のとおりである。

(一)  下部走行体は、

(1)  前後の車輪の上方に、車輪の上面部を覆う正面視において略円弧状に曲げられた板状のタイヤフェンダーを設けている。

(2)  タイヤフェンダーの間はサイドフェンダーで覆われ、車輪に対峙する部分は車輪の外周面に沿った円弧状となっている。

(3)  下部走行体(下部走行フレーム)の後端部上方には、正面視において左(車体前方)部分が前方に向かって低くなるように傾斜する略変形五角形で、右側面視では左右対称に角がゆるやかに突出した六角形状のエンジンボックスが搭載され、エンジンボックス後部の空気出入口にはルーバーが嵌込まれている。

(4)  エンジンボックスの上面は機器収納ボックスの上面よりやや低くなっている。

(二)  上部旋回体は、

(1)  キャビンは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、横幅が下部走行体の横幅の二分の一弱、前後の長さも下部走行体の全長の二分の一弱の平面視横長方形の角張った箱体状で、背面視において右方(前面)は上端部から前方に傾斜し、下方部で逆くの字形に屈折した形状となり、左方(後面)は上端部から後方に僅かに傾斜し、中間部で下方へほぼ垂直に屈折していて、全体が右方(前面)下部が前方に突出した横長変形六角形をなしており、周側の上部には一連の方形状の大きな窓が設けられ、天井部の前方寄りにも方形状の大きな窓が形成されている。

(2)  機器収納ボックスは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、高さがキャビンの略三分の一、前後の長さがキャビンの長さの二分の一弱の前後に長い箱体状であるが、正面視において上辺が下辺より右方(後方)へ退いた台形状となっており、その後方にこれと連続するウインチ収納ボックスはキャビン側方からエンジンボックスの前面上方ブーム支持フレーム下部の後方を経てキャビン後方にまで回り込んでいる。

(3)  ブームは、キャビンの側方の後方位置でエンジンボックスの前方斜め上の位置において旋回フレームの基台から突設された正面視略直角三角形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、収縮・収納状態では前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっており、正面視においてブーム中央部の下方の一部が機器収納ボックス及びウインチ収納ボックスからなる駆動機器フードに隠れている。

(4)  ブーム支持フレームの頂上(最後部)はキャビンの天井部より若干低く、右頂上には滑車が設けられているが、ウインチは外部から視認できない。

四  本件意匠の要部

成立に争いのない甲第一三号証ないし甲第一六号証、乙第四四号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一一号証の二の一二、同号証の二の一五、甲第一八号証の二の五の二、同号証の二の六及び一〇、同号証の三の二、乙第二四号証の七の二ないし七及び前記認定の本件意匠の構成によれば、本件意匠において看者の注意を惹く点即ち要部は、

1  正面視において下部走行体の略中央の位置にあり下部走行体の全長の二分の一弱で、背面視で右方(前方)下部が前方に突出した横長変形六角形の高い角張った箱体状のキャビンと、高さがキャビンの略三分の一の前後に長い箱体状の機器収納ボックスの各構成態様及びキャビンと機器収納ボックスとの間にキャビンの下方側部を前下がりの状態で横切り、正面視において中央部下方が機器収納ボックスに隠れるように配設された収縮・収納状態のブームの三者相互の配設関係、

2  ブームの基端部が、キャビンの側方の若干後方位置で、かつ、エンジンボックスの前方斜め上の位置で旋回フレームの基台から突設された正面視略直角三角形状のブーム支持フレーム上端部に枢着され、ブームは収縮・収納状態では機器収納ボックスとキャビンの間を前下がりの状態で横切り、その先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わる構成態様並びにブーム支持フレーム、ブームとエンジンボックスを含む下部走行体及びキャビンとの配設関係、

にあるものと認められる。

五1  被告は、本件意匠の要部について、当事者の主張三1のとおり主張するが、右主張は採用できない。

すなわち、

(一)  被告の主張するところは、要するに、公知意匠中に存在するありふれたものとまでは認められない個々の構成態様を取り出して本件意匠の一部の構成態様と同じであるとして要部から除外すべきであるとするもので採用できないし、被告が本件意匠を実施していたとして提出する乙第一七号証の自走式クレーン車は、クローラー式クレーンであって本件意匠と基本的構成態様を異にするばかりでなく、その点を別にしてもキャビン、エンジンボックス及び機器収納ボックスがブーム及びブーム支持フレームを取り囲む様に一体となっており、しかも、収縮・収納状態のブームの前下がりの傾斜の程度は僅かで、本件意匠と類似しないことは明らかである。

また被告は、ブームやウインチがクレーン車の取引者にとって最も目を惹く箇所であると主張するところ、本件意匠に係る物品である自走式クレーンの機能、使用目的からしてブームやウインチが取引者の関心をもって見る部分の一つであることはそのとおりであるが、本件意匠においては前記四に認定したとおり、ブーム、キャビン、機器収納ボックス三者の構成態様及び配設関係、ブーム全体の構成態様及び下部走行体等との配設関係等のより基幹的構成が要部と認められ、ウインチの位置、覆いの態様等の細部を要部と認めることはできない。

(二)  次に被告は、イ号物件の発売後及び小松意匠の出願後に出願された本件意匠の類似意匠が登録されているから、原告の主張する要部A及びBは要部とはなり得ない旨主張する。

(1)  しかしながら、成立に争いのない乙第一八号証及び乙第一九号証によれば、平成三年五月一〇日及び同年同月二七日に出願され平成五年一〇月一二日にいずれも登録された小松意匠(第八八七七七六号及び同号類似の一の意匠)は、いずれもキャビンの態様が、正面視及び背面視において上方が円弧を描く半月状であり、平面視において車側側の角が丸くブーム側の角が角張った半小判状、機器収納ボックスの態様が、正面視において、上面が前方に向かって低くなるように緩やかな曲線を形成し、前端が丸く、平面視において車側側の角が丸く、ブーム側の角が角張った半小判状をそれぞれなしており、上部旋回体のキャビンと機器収納ボックスが曲線を強調した丸味を帯びた構成態様を備える点において、本件意匠の要部1と異なることは明白であり、本件意匠とは異なる美感を想起させる別異の意匠と認められる。また、成立に争いのない甲第一一七号証ないし甲第一四〇号証によれば、右小松意匠出願後に出願された本件意匠の類似意匠(第七六六九二八の類似の五ないし二八の意匠)がいずれも登録されていること、小松意匠とこれら類似意匠は、少なくとも右の点において要部を異にするものと認められ、小松意匠が登録されたことは、前記本件意匠の要部の認定を左右するものではない。

(2)  また、被告が平成三年一二月ころからイ号物件Iを製造販売していたことは当事者間に争いがなく、前掲甲第一一七号証ないし甲第一四〇号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一一号証の二の一、四、甲第一二号証の二の一、四によれば、本件意匠を本意匠とする第七六六九二八号の類似五ないし二八の類似意匠は、いずれも平成四年三月から六月にかけて出願されたこと、右類似の五及び六の類似意匠の審査については、出願人である原告が早期審査に関する事情説明書を提出し、同書面にはイ号物件Iのカタログが添付されていたことが認められるから、右各類似意匠出願の審査に当たっては、イ号意匠Iが公知意匠として参酌されていたものと認められる。

そして、成立に争いのない乙第三五号証及び弁論の全趣旨によれば、特許庁においては、本意匠出願と類似意匠出願との間に公知となった第三者の意匠が存在する場合、出願された類似意匠が当該他人の意匠に類似するときは、他人の意匠が本意匠に類似するかどうかを問うことなく、類似意匠の出願は拒絶すべきであるとの見解に立って審査が行われているものと認められるから、特許庁の審査官は、前記各類似意匠は、イ号意匠Iには類似しないと判断したものと解することができる。

しかし、右特許庁審査官は、本意匠である本件意匠とイ号意匠Iとの類否を判断したものでない上、当裁判所は本件意匠とイ号意匠Iを含むイ号意匠との類否判断をするに当たって、本件意匠の要部を認定するに際し、前記各類似意匠がイ号意匠Iに類似しないとの特許庁審査官の判断に拘束されるものではない。

本件意匠を本意匠とする類似意匠が登録されている場合、本意匠である本件意匠の要部の認定に際して各類似意匠を参考にすべきことは勿論であるが、前記各類似意匠を参酌しても、前記四の本件意匠の要部の認定に沿うものでこそあれ、反するものではない。本件意匠の要部及び類似の範囲は、本件意匠が出願された時点で観念的に定まっているのであり、本件意匠出願後公知となり、類似意匠の出願に先行する意匠の存否にかかわらず一定であると解されるから、イ号物件Iの発売によってイ号意匠が公知となった後に出願された類似意匠が登録されていることをもって、本件意匠の要部及び類似範囲が変動する訳ではない。

したがって、イ号物件Iの販売後に出願された本件意匠の類似意匠二四件が登録されているからといって、本件意匠の要部を被告の主張のように認定しなければならない理由はない。

2  さらに被告は、原告が本件意匠と酷似した意匠が記載された本件計画仕様書を本件意匠の出願前に取引先多数に配布したから、本件意匠権には無効事由があり、そうでないとしても本件意匠は仕様書意匠にない形状について成立した類似範囲の極めて狭い意匠権であると主張する。

(一)  原告が本件計画仕様書を作成し、原告の社員がユーザーの意見を聴取するため、本件計画仕様書を携えて複数の取引先を訪れたことは当事者間に争いがない。しかしながら、仕様書意匠と本件意匠は類似しないから、原告の社員が本件計画仕様書を複数の取引先に配布したか否か、本件計画仕様書記載の意匠が公知となったということができるか否か検討するまでもなく、本件意匠に無効事由があるとも、本件意匠が仕様書意匠にない形状について成立した類似範囲の極めて狭い意匠であるとも認めることはできない。

(二)  すなわち、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一〇号証によれば、本件意匠は、運転視界と小回り性の良い小型のホイールクレーンを開発する目的で創作されたものであり、本件計画仕様書もこのような開発目的を実現するための構想をまとめる過程で事前にユーザーの意見を聴取するために作成されたものであると認められるのであるから、仕様書意匠中に本件意匠と近似した形態の部分が含まれていることは否定できない。

しかしながら、乙第一二号証添付の「MW100/50ホイールクレーン計画仕様書」及び弁論の全趣旨によれば、本件計画仕様書に綴られた「他社7トントラッククレーンとMW100/50との比較」図及び車体前方図、車体左側面図及び車体上面図からなる全体図は、ともに実線と破線からホイールクレーン全体のアウトライン及び個々の部材を大まかに記載するものであって、その具体的構成態様は必ずしも明確に示されておらず、本件計画仕様書中にある説明文を総合してもその具体的構成態様が明らかになるものとは言えないから、本件意匠と仕様書意匠との類否は厳密には不明であるが、右不明確な構成から看取できる範囲内においても、本件意匠と仕様書意匠とでは以下の点で差異が見られ、両者が類似の意匠であると認めることはできない。

(1)  すなわち、右各図面及び説明文から看取することができる仕様書意匠の基本的構成態様は、四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、正面視下部走行体の略中央の前方から見て左側部に背の高いキャビン有し、キャビン側方の前方から見て中央部にジブを横抱きにしたブームを各々搭載した(機器収納ボックスはない)上部旋回体とからなる自走式クレーンに係る意匠であり、その具体的構成態様は、

<1> 下部走行体は、

i 前後の車輪の上方に、車輪の上面部を覆う正面視において略台形状に折曲した板状のタイヤフェンダーを設けている。

ii タイヤフェンダーの間に正面(車体左側)に直方体の箱体状の部材を取り付けている。

iii  下部走行体(下部走行フレーム)の後端部上方には、正面視において左(車体前方)部分が前方に向かって低くなるように急に傾斜する変形五角形状のエンジンボックスが搭載されている。

<2> 上部旋回体は、

i キャビンは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、横幅が下部走行体の横幅の二分の一弱の角張った箱体状で、正面視において左方(前面)は上端部から前方に傾斜し、下方部でくの字形に屈折した形状となり、右方(後方)の天井部は平坦で、全体が左方(前面)下部が前方に突出した横長五角形をなしており、周側の上部には一連の方形状の大きな窓が設けられている。

そして、平面視において略横長方形ではあるが、ブーム基部上面に配設されたウインチの覆いがキャビンの後方略三分の一の部分に僅かに食い込み、キャビンの幅が僅かに狭まっている。

ii ブームはジブを横抱きにし、キャビンの後方でエンジンボックスに覆い被さる位置で旋回フレームの基台より突設された変形平行四辺形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、収縮・収納状態では前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっている。

iii  ブーム基部より前方、キャビン後側部上方付近のブーム上面には、ブームを跨ぐように、上面最高部がキャビンの天井部より若干低い位置にある正面視において変形六角形状の覆いが取り付けられたウインチが設置されている。また、ブーム支持フレームの頂点(最高部)は、キャビンの天井部より若干低い位置にあり、ブーム支持フレーム後端部には、平面視において略台形状の分厚いカウンターウェイトが配設されている。

(2)  仕様書意匠と本件意匠とを対比すると、次の点に差異が見られる。

基本的構成態様において、本件意匠の上部旋回体は伸縮自在のブームがキャビンの機器収納ボックスとの間に配設された構成となっているのに対し、仕様書意匠では機器収納ボックスがない。したがって、本件意匠ではブーム支持フレームの下方部が隠蔽されているのに対し、仕様書意匠では、ブーム支持フレームのキャビンと反対の側は、ブーム支持機構も含め完全に露出している。また、仕様書意匠では本件意匠では見られない横抱きされたジブがブーム側方に存在する。

具体的構成態様においては、各部位の細かい形態の違いを別としても、本件意匠では、ブーム支持フレームの後端部(ブームの枢着部)はエンジンボックスの前方斜め上の位置にあるのに対し、仕様書意匠では、ブーム支持フレームの後端部(ブームの枢着部)はエンジンボックスの上方に覆い被さる位置まで後退している。

(3)  右対比からすると、本件意匠と仕様書意匠とは、基本的構成態様においても各部材の細かい形状の違いを捨象した上での具体的構成態様においても大きく異なり、両意匠は、全体的に観察して見る者に異なった美感を想起させる非類似の意匠であると認められる。

したがって、本件意匠に被告主張の無効事由があるものとは認められない。

そして、公知意匠に含まれる形態の一部が本件意匠の一部に存在したとしても、そのような形態がありふれたものでない限り、公知意匠の要部であることを理由に当該部分を除外した構成として本件意匠の要部を認定すべきでないから、仕様書意匠に含まれる収縮・収納状態のブームの構成、すなわち、ブームが前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっているとの点が本件意匠に見られるとしても、この点を除いて本件意匠の要部を認定することはできず、本件意匠が類似範囲の極めて狭い意匠として成立したとの被告の主張は採用できない。

六  本件意匠とイ号意匠との類否

1  前記二ないし四の事実に基づいて本件意匠とイ号意匠とを対比すると、両意匠はいずれも意匠に係る物品を自走式クレーンとするものであり、その基本的構成態様は、機器収納ボックス(及びウインチ収納ボックスと連続して一体となった駆動機器フード)の配設位置を除き一致している。

そして、具体的構成態様においても、

(一)  下部走行体(下部走行フレーム)の後端部上方には、正面視において左(車体前方)部分が前方に向かって傾斜する略変形五角形のエンジンボックスが搭載されていること。

(二)  上部旋回体の、

(1)  車体右側のキャビンは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、横幅が下部走行体の横幅の略二分の一、正面視において長さが下部走行体の全長の二分の一弱の平面視略横長方形の角張った箱体状で、背面視において右方(前面)は上端部から前方に傾斜し、下方部で逆くの字形に屈折した形状となって、全体が右方(前面)下部が前方に突出した横長変形六角形をなしており、周側の上部には一連の方形状の大きな窓が設けられ、天井部の前方寄りにも方形状の大きな窓が形成されていること。

(2)  車体左側の機器収納ボックスは、正面視において下部走行体の略中央の位置にあって、高さがキャビンの略三分の一の前後に長い箱体状であること。

(3)  キャビンと機器収納ボックスとの間のブームは、その基端部がキャビンの側方の後方位置でエンジンボックスの前方斜め上の位置で旋回フレームの基台から突設された正面視略直角三角形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、収縮・収納状態では前下がりの状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わっており、正面視においてブーム中央部の下方の一部が機器収納ボックスに隠れていること。

以上の点が一致している。

2  他方、両意匠の相違点としては、

(一)  本件意匠では、下部走行体のタイヤフェンダーは、正面視において略台形状に折曲した板状で、タイヤフェンダーの間は、直方体の箱体状の部材あるいはステップがあるのに対し、イ号意匠では、タイヤフェンダーは正面視において略円弧状に曲げられた板状で、タイヤフェンダーの間はサイドフェンダーで覆われていること。

(二)  エンジンボックスに関して、

(1)  本件意匠のエンジンボックスでは、右側面視では縦長方形の角張った形状で、空気出入口は網状となっているのに対し、イ号意匠では、右側面視では左右対称に角がゆるやかに突出した六角形状でいずれも角に多少のアールを付し、後部の空気出入口にはルーバーが嵌込まれていること。

(2)  本件意匠では、エンジンボックスの上面は機器収納ボックスの上面よりやや高くなっているのに対し、イ号意匠では、エンジンボックスの上面は機器収納ボックスの上面よりやや低くなっていること。

(三)  機器収納ボックスに関して、

(1)  本件意匠では、機器収納ボックスの前後の長さはキャビンのそれと略同じ長さで正面視において上辺が下辺より右方(後方)に退いた略平行四辺形状であるのに対し、イ号意匠では、機器収納ボックス前後の長さはキャビンの長さの二分の一弱で正面視において上辺が下辺より右方(後方)へ退いた台形状となっており、その後方にこれと連続するウインチ収納ボックスが続き一体として駆動機器フードを構成していること。

(2)  本件意匠では、機器収納ボックス及びブーム支持フレームの各後端部とエンジンボックスとの間には空間が形成されているのに対し、イ号意匠では、駆動機器フードがブーム支持フレーム下方の後方からキャビンの後方に回り込んでいるので、エンジンボックスの前面には空間が形成されていないこと。

(四)  本件意匠のブーム支持フレームの頂点(最後部)はキャビンの天井部とほぼ同じ高さに位置するのに対し、イ号意匠のブーム支持フレームの頂点(最後部)はキャビンの天井部より若干低く、右頂点には滑車が設けられていること。

(五)  本件意匠では、ブーム支持フレーム後端部に平面視において略台形状の分厚いカウンターウェイトが配設されているのに対し、イ号意匠ではそれに該当する形状は認められないこと。

(六)  本件意匠では、キャビンの後方略二分の一の部分に若干食い込むようにウインチがブーム基部の上面に配設され、その分キャビンの幅が狭まっているのに対し、イ号意匠ではウインチは外部から視認できず、平面視におけるキャビンの幅が狭まっていないこと。

が認められる。

3  右1に認定した本件意匠とイ号意匠の一致点によれば、イ号意匠は四に認定した本件意匠の要部である構成を具備しているものであり、そのことによって看者に彼此混同を生じさせる共通の美感を与えるものであり、イ号意匠は本件意匠に類似すると認められる。

本件意匠とイ号意匠との間には、右2に認定したような相違点があるが、いずれも細部についてのものであり、その個々の相違点も、また、それらの相違点全てを併せ考えても、前記共通の美感を左右するに足りるものではない。

七  以上によれば、被告のイ号物件の製造、販売、販売のための展示は、原告の本件意匠権を侵害するものであるから、意匠法三七条一項及び二項により、被告の右行為の差止請求及びイ号物件の廃棄請求はいずれも理由があり、また、被告には侵害行為について過失があったものと推定される(意匠法四〇条)から、被告は、本件意匠権を侵害したことによって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

八  そこで、原告の蒙った損害額について検討する。

(一)  イ号物件の販売価格が一台当たり一八〇〇万円であり、被告が平成三年一二月から同四年一二月までの間に合計五二八台のイ号物件を販売したことは当事者間に争いがない。

原告は、イ号物件の純利益率は五・六パーセントであると主張するが、原告がイ号物件の純利益率の拠り所とするのは、平成三年四月一日から平成五年三月三一日までの被告の全営業収支から算出される平均営業利益率に過ぎず、これをもってイ号物件の純利益率とすることはできず、他にイ号物件の製造、販売による純利益率を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の主位的請求は理由がない。

(二)  そこで、本件意匠の実施に対して通常受けるべき金銭の額に相当する額について検討するに、ホイールクレーンは大型の耐久事業用機械であって製造台数も限られ、各種工事現場等で汎用される機種であると目されるが、反面、一台あたりの価格が高額である上、需要者は自己の目的とする作業内容や現場の状況を前提として、大きさも含めたホイールクレーンの性能を重視して機種を選択し、一般消費者向けの商品あるいは事業者向けではあるが一般消費者の利用を目的とする商品とは異なり、需要者の選択にあたってデザインが影響する度合は高くないものと推認される。ホイールクレーンの右のような特殊性を考慮すれば、本件意匠の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、イ号物件の販売価格に一・五パーセントの実施料率を乗じて算出するのが相当である。そうすると、原告の受けるべき実施料相当の損害額は、次式のとおり、一億四二五六万円となる。

一八〇〇万円×五二八台×〇・〇一五=一億四二五六万円

右金額を超える実施料相当の損害額を認めるに足りる証拠はない。

仮に、被告が主張するとおり、実際の販売の際にはホイールクレーンは右販売価格から値引きされて販売されている事実があるとしても、通常の実施許諾の際の実施料は、売主と個々の需要者との関係や駆け引き等種々の要因によって定まる個々まちまちの値引き後の価格ではなく、値引き前の販売価格を基準として算出されるのが通常であると推認されるから、イ号物件の値引き前の販売価格を基準として「通常受けるべき金銭の額」を算出するのが相当である。

(三)  右のとおり、原告主張の損害額は一部認めるに足らないが、その点は、仮に被告の行為が不正競争行為に該当するとしても同様であるから、不正競争行為の存否について判断するまでもなく、右(二)認定の損害額を超える損害は認めることができない。

九  よって、原告の請求は主文第一項ないし第三項の限度で理由がある(民法所定年五分の割合による遅延損害金の起算日は不法行為以後の日)からこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西田美昭 高部眞規子 池田信彦)

別紙 イ号物件目録(一)

被告の自走式クレーン(イ号(I))

一、別紙図面は被告の自走式クレーン(イ号(I))の正面図、背面図、平面図、底面図、左側面図、右側面図、及び斜視図である。

以上

正面図、背面図、平面図、底面図、左側面図、右側面図、斜視図

別紙 イ号物件目録(二)

被告の自走式クレーン(イ号(II))

一、別紙図面は被告の自走式クレーン(イ号(II))の正面図、背面図、平面図、底面図、左側面図、右側面図、及び斜視図である。

以上

正面図、背面図、平面図、底面図、左側面図、右側面図、斜視図

別紙 原告製品目録(一)

一 別紙A1写真は、原告の自走式クレーンの正面図、背面図、左側面図、右側面図及び平面図である。

二 構成の説明

A1号物件の商品形態は、次の構成からなっている。

1 四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄り位置に四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にその上面が機器収納ボックスとほぼ同じ高さとなるように、正面視左(前面)部分が前方に傾斜する変形五角形で、右側面視縦長方向のエンジンボックスを搭載した下部走行体、

2 右の下部走行体の略中央部位置に、左側面視において、左側端部には前面が上端部から前方に傾斜し、窓部より下の左側コーナー部にテーパー面が形成された形状で、平面視横長方形で上面後部コーナー部にテーパー面が形成された後、後方に若干傾斜する傾斜面となし、下方部を垂直面とした全体的に直線的な形状のキャビンを、略中央位置には後部から前方に向けて前下がり状態で、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置でおわるブームを、右側端下方部には機器収納ボックスを各々搭載した上部旋回体が配設され、かつ、ブーム基端部より内側のキャビン後部上方付近のブーム上面に正面視において全面を横瓢箪型覆いが取り付けられたウインチが設置され、

3 正面視において、収縮状態のブームを、基端部がキャビンの側方若干後方位置でエンジンボックスよりも前方斜め上の位置において、旋回フレームの基台より突設された正面視直角三角形近似形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、左下がり(前下がり)状態でキャビンの下方側部を斜めに横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出した傾斜姿勢で配設された、

4 自走式クレーン。

三 A1物件は、平成元年八月から実施しているものである。

左側面図、右側面図、正面図、背面図、平面図<省略>

別紙 原告製品目録(二)

一 別紙A2写真は、原告の自走式クレーンの正面図、背面図、左側面図、右側面図及び平面図である。

二 構成の説明

A2号物件の商品形態は、次の構成からなっている。

1 四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄り位置に四つのタイヤ式車輪を有し、後端部上方にその上面が機器収納ボックスとほぼ同じ高さとなるように、正面視左(前面)部分が前方に傾斜する変形五角形で、右側面視左右両側側面上方部が内寄りに傾斜する傾斜面で下方部が垂直をなす縦長方形に近い不等辺六角形で横長の三つの給気口を有するエンジンボックスを搭載した下部走行体、

2 右の下部走行体の略中央位置に、左側面視において、左側端部には前面が上端部から前方に傾斜し、下方部で一旦垂直面となった後、後方に傾斜し、窓部より下の左側コーナー部にテーパー面が形成された形状で、平面視横長方形で、上面後部コーナー部に大きなアールが形成された後、後方に傾斜する傾斜面となし、下方部で一旦垂直面を形成した後前方に傾斜する傾斜面として、各コーナーにアールを付し全体的に曲線的な形状のキャビンを、略中央位置には後部から前方に向けて前下がり状態で、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置でおわるブームを、右側端下方部には機器収納ボックスを各々搭載した上部旋回体が配設され、かつ、ブーム基端部より内側のキャビン後部上方付近のブーム上面に正面視において全面を横瓢箪型覆いが取り付けられたウインチが設置され、

3 正面視において、収縮状態のブームを、基端部がキャビンの側方若干後方位置でエンジンボックスよりも前方斜め上の位置において、旋回フレームの基台より突設された正面視直角三角形近似形状のブーム支持フレームの上端部に枢着され、左下がり(前下がり)状態でキャビンの下方側部を斜めに横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出した傾斜姿勢で配設された、

4 自走式クレーン。

三 A2号物件は、平成三年九月から実施しているものである。

左側面図、右側面図、正面図、背面図、平面図<省略>

別紙 原告製品目録(三)

一 別紙A3写真は、原告の自走式クレーンの正面図、背面図、左側面図、右側面図、平面図、正面側から見た斜視図、背面側から見た斜視図である。

二 構成の説明

A3号物件の商品形態は、A2号物件の商品形態と次の点で異なる他は同一の形態である。

1 ブーム基端部上面に設置されているウィンチが、A2物件では一モーターウィンチであるのに対し、A3物件では二モーターウィンチとなっている。

2 ブーム上面に設置されているシーブの位置が、A2物件ではキャビンの窓部の側方であるのに対し、A3物件ではキャビンの前方部となっている。

3 A3物件では、オプションとして機器収納ボックスの中央部上面にスピーカーと危険表示ランプが設置されているが、A2物件ではこのような構成は存在しない。

三 A3号物件は、平成四年四月から実施しているものである。

左側面図、右側面図、正面図、背面図、平面図、正面側から見た斜視図、背面側から見た斜視図<省略>

意匠公報<省略>

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